代替プロテインの栄養価を科学的に評価する:PDCAAS、DIAAS、およびその他の指標の詳細解析
はじめに:多様化するプロテイン源と正確な栄養価評価の重要性
近年の健康志向の高まりや倫理的・環境的な懸念から、動物性プロテインの代替となる様々なプロテイン源が登場しています。植物性プロテイン(大豆、エンドウ豆、米、ヘンプなど)に加え、昆虫由来、藻類由来、発酵由来といった新たな代替プロテインも注目を集めています。これらのプロテイン源は、それぞれ独自のアミノ酸組成や消化率、機能性成分を持っており、その栄養価を正確に評価することは、ヘルスケアの専門家にとって非常に重要です。
単に総タンパク質量だけを見るのではなく、体内でどれだけ効率的に利用されるかを評価するための「プロテイン品質評価指標」が用いられます。本記事では、代替プロテインの栄養価を科学的に評価するために広く用いられている主要な指標、特にPDCAASとDIAASに焦点を当て、その原理、メリット、デメリット、そして代替プロテインへの適用における課題について専門的な視点から解説します。
プロテイン品質評価の基本概念
プロテインの栄養価は、主にそのアミノ酸組成と消化吸収率によって決定されます。
- アミノ酸組成: 体が必要とする必須アミノ酸を、どのような比率で含んでいるか。特に、体内で合成できない「制限アミノ酸」の含有量が重要です。
- 消化吸収率: 摂取したプロテインが消化酵素によって分解され、腸管から体内に吸収される割合。プロテイン源の種類や加工方法、同時に摂取する他の食品成分によって変動します。
これらの要素を統合的に評価するために、様々な指標が開発されてきました。初期の指標にはPER(Protein Efficiency Ratio)やNPU(Net Protein Utilization)、BV(Biological Value)などがありますが、これらは動物実験に基づいている、またはヒトの生理機能やアミノ酸必要量を十分に反映していないといった限界がありました。
PDCAAS (Protein Digestibility Corrected Amino Acid Score):広く用いられる評価指標
PDCAAS(ピーディーシーエーエーエス:Protein Digestibility Corrected Amino Acid Score)は、1993年にFAO/WHO(国連食糧農業機関/世界保健機関)によって提唱され、長らくプロテイン品質評価の標準として広く用いられてきました。
原理と計算方法: PDCAASは、食品プロテインのアミノ酸スコアを、そのプロテインの消化率で補正した値です。
- アミノ酸スコア: 評価対象プロテイン中の各必須アミノ酸含量を、特定の基準パターン(FAO/WHOの必須アミノ酸必要量パターン)と比較し、最も低い比率を示す必須アミノ酸(制限アミノ酸)の比率をスコアとします。これは、桶の側面で最も低い板が桶全体の容量を決めるように、制限アミノ酸が体内で利用できるプロテイン量を制限するという「制限アミノ酸の法則」に基づいています。
- 消化率: 一般的に、ラットを用いた動物実験で得られた糞便中の窒素排泄量から計算される真の消化率(True Digestibility)が用いられます。
PDCAAS = (アミノ酸スコア) × (消化率)
スコアは0から1.0までの値を取り、1.0に近いほど品質が高いと評価されます。例えば、牛乳カゼインや卵アルブミンはPDCAASが1.0と評価されます。
代替プロテインへの適用と限界: PDCAASは、様々なプロテイン源、特に初期に流通していた大豆プロテインなどの品質評価に利用されてきました。しかし、いくつかの限界が指摘されています。
- 糞便消化率: 消化吸収されずに糞便として排泄された窒素量から消化率を計算するため、小腸で吸収されずに大腸で分解されたアミノ酸も「消化されなかった」とみなされてしまいます。これは、実際の体内での利用可能性を過小評価する可能性があります。特に、植物性プロテインに含まれる抗栄養因子(例: トリプシンインヒビター、フィチン酸)は、消化を阻害したりアミノ酸の吸収を妨げたりしますが、PDCAASの消化率測定ではその影響が十分に考慮されないことがあります。
- スコア上限: 必須アミノ酸の利用率が基準パターンを上回る場合でも、スコアは1.0が上限となります。これは、特定の必須アミノ酸を豊富に含む高品質なプロテイン(例:ホエイプロテイン)の優位性を完全には反映できないことを意味します。
- 基準パターンの問題: FAO/WHOの基準パターンは、特定の年齢層や生理状態に基づいています。全ての年齢層や状態に普遍的に適用できるとは限りません。
- 加工の影響: プロテインの加工方法(加熱、アルカリ処理など)は、アミノ酸の利用可能性や消化率に影響を与えます(例:リジンなどのアミノ酸が加工中に利用できなくなる「メイラード反応」)。PDCAASの測定方法が、これらの加工による影響を常に正確に捉えられるとは限りません。
DIAAS (Digestible Indispensable Amino Acid Score):新しい評価指標
DIAAS(ダイアース:Digestible Indispensable Amino Acid Score)は、PDCAASの限界を克服するために、2013年にFAOによって推奨された比較的新しいプロテイン品質評価指標です。
原理と計算方法: DIAASは、消化された必須アミノ酸が回腸末端(小腸の終わり)でどのくらい利用可能であったかを評価します。これは、アミノ酸が実際に体内に吸収されるのは主に小腸であるという生理学的事実に基づいています。
- 回腸末端における消化率: DIAASでは、動物モデル(通常はブタ、ヒトの消化管と類似性が高いため)またはヒト試験において、回腸末端でのアミノ酸の真の消化率を測定します。これにより、大腸での細菌による分解を排除し、体内に吸収されうるアミノ酸量をより正確に評価できます。
- 基準アミノ酸パターン: DIAASでは、異なる年齢層(6ヶ月〜3歳、3歳〜10歳、10歳以上)に応じた複数の基準アミノ酸パターンが設定されています。
DIAASは、食品プロテイン中の各必須アミノ酸について、回腸末端における消化性アミノ酸量と基準パターンにおけるそのアミノ酸の必要量を比較し、最も低い比率を持つアミノ酸に基づいて計算されます。
DIAAS (%) = 100 × (食品中の消化性必須アミノ酸量 (mg/g プロテイン) / 基準パターンにおける同じ必須アミノ酸量 (mg/g プロテイン))
スコアはパーセントで表示され、100%を超える値も取り得ます。DIAAS ≥ 75% のプロテインは「良質なプロテイン源」、DIAAS ≥ 100% のプロテインは「優れたプロテイン源」と分類されます。
代替プロテインへの適用とDIAASの利点: DIAASは、代替プロテインの栄養価をより正確に評価するためのツールとして期待されています。
- 真の消化率: 回腸末端消化率を用いることで、植物性プロテインに多い抗栄養因子の影響を受けた消化吸収の状況をより適切に反映できます。これにより、PDCAASでは高く評価されがちな植物性プロテインが、DIAASでは低く評価されるケースが見られます(例:エンドウ豆プロテインなど)。
- スコア上限なし: スコアが100%を超えることができるため、ホエイプロテインのように必須アミノ酸バランスが非常に優れているプロテイン源の高品質性を適切に評価できます。これは、代替プロテインを動物性プロテインと比較検討する上で重要な情報となります。
- 年齢層別の基準: 複数の基準パターンがあることで、特定のターゲット(例えば乳幼児向け製品)に対するプロテインの適性をより正確に評価できます。
DIAASの課題: DIAASはPDCAASよりも優れているとされますが、課題も存在します。
- 測定の複雑さ: 回腸末端消化率の測定には、動物試験またはヒト試験が必要であり、PDCAASの糞便消化率測定に比べてコストと労力がかかります。
- データ不足: 比較的新しい指標であるため、様々な食品プロテイン、特に多様な代替プロテイン源に関するDIAASのデータはまだ十分ではありません。
- 標準化: 測定方法や動物モデルに関する更なる標準化が必要とされています。
その他の評価指標と代替プロテインにおける位置づけ
前述のPER, NPU, BVといった古い指標は、現代のヒトの栄養評価には限界がありますが、過去の研究データや特定の文脈では参照されることがあります。代替プロテインの初期の研究ではこれらの指標が用いられたケースもありますが、専門家としてはPDCAASまたはDIAASに基づいた評価をより重視すべきです。
また、プロテインの品質評価は、単に指標の数値だけでなく、他の栄養成分(ビタミン、ミネラル、食物繊維など)の含有量や、特定の機能性成分(抗酸化物質、ペプチドなど)の有無、そして特定の個人の健康状態や栄養ニーズとの適合性など、総合的な視点で行う必要があります。
代替プロテインの品質評価を読み解く専門家の視点
代替プロテインの栄養価を評価する際、専門家は単一の指標に依拠するのではなく、以下の点を考慮する必要があります。
- 評価指標の理解: 使用されている品質評価指標(PDCAASかDIAASか、その他か)が何かを正確に把握し、その原理と限界を理解することが出発点です。
- アミノ酸プロファイル: 必須アミノ酸がバランス良く含まれているか、特に制限アミノ酸は何かを確認します。ブレンドプロテインの場合は、各成分がアミノ酸組成をどのように補完しているかを評価します。
- 消化率: 指標の算出に用いられた消化率データを確認します。可能な限り、DIAASに基づく回腸末端消化率データがあると、より正確な評価が可能です。植物性プロテインの場合は、抗栄養因子の影響を低減する加工が施されているかも確認点です。
- 対象者のニーズ: プロテインを摂取する対象者(年齢、健康状態、運動量、食事パターンなど)の栄養ニーズに照らして、そのプロテイン源が適切かを判断します。例えば、高齢者のサルコペニア予防には、ロイシンなどの特定のアミノ酸が豊富なプロテイン源がより適している可能性があります。
- 加工・製品形態: プロテイン粉末、バー、飲料など、製品形態や加工方法が栄養価や消化率に影響を与えている可能性も考慮に入れます。
結論:代替プロテインの適切な選択のために
代替プロテインは多様化が進み、それぞれに固有の栄養学的特性を持っています。これらのプロテイン源の栄養価を正確に理解し、適切な選択を行うためには、PDCAASやDIAASといった科学的な品質評価指標を理解することが不可欠です。
DIAASはPDCAASの限界を克服し、より生理学的なアミノ酸の利用可能性を反映する優れた指標として期待されていますが、その測定には課題もあり、データ蓄積が求められています。専門家は、これらの指標の原理と限界を理解した上で、単一の数値だけでなく、アミノ酸プロファイル、消化率、他の栄養成分、そして対象者の個別のニーズといった多角的な視点から、代替プロテインの品質を総合的に評価する必要があります。
代替プロテインに関する研究は日々進展しており、今後も新たな知見や評価方法が登場する可能性があります。最新の科学的情報を常に参照し、根拠に基づいた専門的な判断を行うことが、健康志向者のニーズに応える上で重要となります。